"「年収の壁」による就業調整を生まない” 政府が支援強化パッケージ発表
川合孝典組織内参議院議員とともに「年収の壁」について質す田村議員
2023年9月27日、政府は年収が一定額を超えることで扶養から外れ、社会保険料の支払いが生じるいわゆる「年収の壁」に対し、パート・アルバイト等の短時間労働者が「年収の壁」を意識せずに働ける環境づくりの施策として、「年収の壁・支援強化パッケージ」を発表しました。本パッケージのなかでは、「106万円の壁」(厚生年金・健康保険)と「130万円の壁」(国民年金・国民健康保険)に関し、短時間労働者が保険料負担を避け、労働時間を「壁」の範囲内に削減する「就業調整」をしないで済むように、それぞれの「壁」への対策が盛り込まれました。
UAゼンセンでは、田村まみ組織内参議院議員が中心となり、流通・サービス業などの現場で働く従業員らの声をもとに、「年収の壁」問題に関する国会質問などを積極的に行ってきました。今回の支援強化パッケージの発表を受け、『UAゼンセン新聞』では田村議員にインタビューを実施。この問題に懸ける思いを聞きました。
※インタビューの内容は『UAゼンセン新聞』10月5日号にも掲載しています。
”いま、国会に一番足りていないのは「当事者の声」” 「年収の壁」の周辺で
インタビューに応じ、「年収の壁」問題に思いを語る田村議員
— 田村議員の積極的な国会質問もあり、「年収の壁」対策が前進しましたが、この成果をどのように評価していますか?
田村議員)政府が発表した支援強化パッケージの内容はさておき、「年収の壁」に関する課題が「社会の問題になってきた」という点では、これまで国会で取り扱ってきた意義があったと感じています。私はずっと「抜本的な改革」を求めてきました。一方で、目の前の課題としての「労働力不足」について、私達の国会質問が政府の迅速な対応につながったと感じています。
— 2022年3月2日、田村議員は、予算委員会で川合議員とともに「年収の壁」問題を取り上げられました。当時といまで国会内での反応に変化はありましたか?
田村議員)そもそも、いまから25年前に私がスーパーマーケットに入社した当時は、配偶者控除の「103万円の壁」があり、職場では年末になると就業調整をされる方が多くいました。そのため、このような「年収の壁」の問題は、潜在的には職場の皆さんの「困りごと」として、ずっと存在はしていたと思います。一方で、税や社会保障の制度を変えるということは非常に困難です。また、以前は小売りやサービス業の従業員の声が、国会で取り上げられる機会も少なかったというのも事実です。こうした要因から「年収の壁」問題は、なかなか進展しなかったのだと思います。2022年は101人以上の事業所に社会保険の適用拡大が行われ、最低賃金の引き上げもあり、流通・サービス業以外の他業種でも「年収の壁」範囲内で働く方々に影響が出て、国会でも注目が集まった時期でした。そのような時期に国会質問をしたことは大きかったと思います。
— 普段、さまざまな職場を回られるなかで、いろいろな声が田村議員に寄せられていると思いますが、具体的にはどのような声がありましたか?
田村議員)例えば、「せっかく時給を上げたもらったのに、(扶養の範囲内で働きたいので)働く時間を短くしなければならない。周りの人達に申し訳ない」という声がありました。このような「年収の壁」の範囲内で働いている人達の声は、現場に行かないと聞くことができない声だと思います。いまは、どちらかと言えば「働かせたい人達」の声ばかりがクローズアップされているように感じます。一方で、流通・サービス業で店長を務める組合員の方からは「せっかく教育を受けてもらったのに残念」「仕事ぶりを評価しているのに働いてもらえなくなる」といった声もあります。また、当事者の周囲からは「ただでさえ人手不足なのに、就業調整された分はだれがそれを補うの?」という不安な声も聞こえてきます。現場の実態が分からない方は、「新しい人を採用すればいいじゃないか」と言われますが、実際には「(人手不足の状況が続き)応募者が来ない」「一定のレベルまで仕事ができるようになるには時間がかかる」といった声が現実なのです。
— そういった声をふまえて、今回の「支援強化パッケージ」の内容をどのように評価されますか?また、これからどのような政策実現が必要だと考えますか?
田村議員)一言で表せば「支援強化パッケージだけでは、根本的な解決にはならない」と考えています。
— 今回の支援強化パッケージはあくまで一時的なものと捉えているということですか?
田村議員)はい。このパッケージはあくまで目先の労働力確保を目的とした施策だと認識しています。
— では、今後、どのような政策の実現が必要だと考えていますか?
田村議員)私達がよく使う「年収の壁」という言葉。これは周囲は「(この『壁』を)乗り越えてほしい」という意図で「壁」という言葉を使っていますが、実際に「年収の壁」の範囲内で働く者からすれば、この時点から一気に手取り収入が減少するという意味で「崖」と言えると思います。この「崖」を「超えろ」ということなので、そこには心理的なハードルがあると思います。この心理的なハードルを軽減するような対応が必要です。また、手取り収入の大幅な減少は生活の激変を意味します。そのため、この生活の激変を緩和する措置も求められます。さらに、当事者の労働時間を延長するということで、現在、女性が多くを担う子育てや介護といった家庭内労働をどのように分担・軽減するのかという視点も重要です。
— 家庭内労働の分担・軽減といった話が出ましたが、「年収の壁」は就業調整の問題だけでなく、他のさまざまな問題と密接に関係しているということでしょうか?
田村議員)そのとおりです。例えば、UAゼンセンには総合サービス部門のなかに保育や介護の仕事に従事する組合員の皆さんがいます。いま、保育や介護の分野では、処遇改善が進まず、人手不足の状況が続いています。その結果、利用者を十分に受け入れられず施設や設備に生かし切れない状態となっています。「年収の壁」を解消することは、こういった方々の処遇改善にもつながります。また、「年収の壁」の範囲内で働いている方は社会保険料の負担がない状態ですが、膨張する医療費のなかで、社会保険料負担の担い手を増やすための施策にもなり得ます。これは、いま医療費削減の煽りを受けている薬価の問題の改善に直結しています。このように、「年収の壁」問題は単なる人手不足への対応で済むものではなく、さまざまな課題とつながる根本的な課題です。
— いま、ご指摘のあった課題も含め、現在、社会が変化していくなかで、多くの課題が出てきていると思いますが、「年収の壁」もそれらと密接に関係しているということですか?
田村議員)はい。本来、社会保障制度とはそういうものですが、社会のあり方と密接につながっています。そのため、社会の変化と合わせて、その内容を修正していく必要があります。一例として、一番根本的な原因をあげると、「昭和の家族モデル」があります。これは、「父親が目いっぱい働き、母親が家庭を回し、子供は二人」といったものですが、このモデルにもとづいて、1985年に「妻の年金がない」という問題が噴出した際に、年金権の確保のために「第3号被保険者」は創設されました。この間、家族モデルは大きく変化しましたが、制度は変わっていません。これが「年収の壁」問題に対する認識に”かい離”を生じさせていると思います。具体的には、賃金の上がらない30年のなかで、必要に迫られて共働きをする家庭が増えているということを認識する必要があります。
— 今後、「年収の壁」問題に対し、どのように取り組んでいきたいですか?
田村議員)いま、国会に一番足りていないのは「当事者の声」です。「働きたいけど、(「年収の壁」があるから)働けない」という言葉は、「手取り収入が減るから働きたくない」と捉えられがちです。もちろん、だれもが収入が減ることはイヤだと感じるので、これは一つの回答ではあると思います。一方で、一人ひとりには労働時間を延長できない理由があるはずです。例えば、医療的ケア児を抱えていれば、収入を増やしたいと思っても、労働時間を延長することは困難です。この一人ひとりにある労働時間を延長できない理由に焦点を当てる必要があると思います。今回の支援強化パッケージに関して言えば、制度が複雑で、適用される個人個人の事情を見ていくことが重要だと思います。「使おうと思ったけれど使えない」といった制度にしないために、職場の皆さんの声を聴きながら、改善へ向けて声を上げ続けていきたいと思います。また、先の通常国会でも取り上げましたが、時給が上がることで『週20時間以上』という要件から外れ、雇用保険を抜けなければいけない短時間労働者がいるという課題についても、引き続き、労働界と共に声を上げていきたいと考えています。