昨今、サプライチェーン(製品の原材料・部品の調達から販売に至るまでの一連の流れ)における「人権の尊重」がますます重要視され、企業の評価や投資動向に大きな影響を与えるようになっています。人権擁護のための対策の実効性を高めるためには、重要なステークホルダーである労働組合の積極的な関与が必要です。現在、UAゼンセンは加盟組合労使による人権尊重の推進へ向けて、さまざまな周知活動に取り組んでいます。2025年11月28日、UAゼンセンは、ILO(国際労働機関)駐日事務所と共催で、加盟組合労使を対象に「企業の社会的責任(CSR)『ビジネスと人権』セミナー」を開催しました。なお、本セミナーを皮切りに、UAゼンセンはILO駐日事務所と共催で「労働組合役職員向け『ビジネスと人権』人材育成プログラム」(全4回/本セミナーを第1回と位置づけ)を展開します。
「ビジネスと人権」の推進には労使での取り組みが不可欠
基調講演をいただいたILO駐日事務所の本庄氏と田中氏(右から)
2025年11月28日、UAゼンセンは東京都内をメイン会場に、Zoomを併用する形で「企業の社会的責任(CSR)『ビジネスと人権』セミナー」を開催。加盟組合労使を中心に97名が参加し、自組織の労使協議における展開を念頭に「ビジネスと人権」の国内外の潮流などについて理解を深めました。
冒頭、主催者を代表してUAゼンセンの原健二政策政治局長は、「『ビジネスと人権』は国内外で注目を集めており、人権デュー・ディリジェンス(事業活動における人権リスクを調査・特定し、対処すること)の重要性は年々増している。事業活動における人権尊重の取り組みをより実効性のあるものとするためには、働く現場の実態をふまえた対策が必要。本セミナーで共有する『ビジネスと人権』をめぐる国内外の潮流や加盟組合労使による事例をふまえ、各組織においても人権デュー・ディリジェンスの取り組みを展開してほしい」と提起しました。
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続いて、ILO駐日事務所の田中竜介プログラムオフィサー、本庄宏式ナショナル・プロジェクト・コーディネーターの両氏から「ビジネスと人権の社会背景と概要」と題した基調講演をいただきました。本庄氏は「さまざまな人権リスクが存在するなかで、働く現場の実態を把握している労働組合は、職場における人権課題の解決について、非常に重要なステークホルダーである」と指摘。2013年4月に発生したバングラデシュにおける「ラナ・プラザ倒壊事故」を契機に、国際的な潮流として企業や投資主体の人権配慮に関する意識が高まり、人権デュー・ディリジェンスの法制化が進んでいることを示しました。また、「人口が急減する日本社会において、外国人労働者を含め、働く者全体の人権を確保していくことは、生産性向上においても有効な手段の一つ」と強調。本庄氏はさまざまな人権リスクを取り上げながら、「労使が協調して人権確保に取り組むことで、より多くの成果を上げることができる」と期待を寄せました。
また、田中氏は具体的な事例を例示しながら、「労使協議において、労働組合から使用者に対して人権課題を取り上げ、対策を求めて行くことが重要。そのためには、『国際的に認められた人権』の視点から、みずからの職場の課題を明らかにしていくことが必要になる」と指摘しました。実際の労使協議における対話を想定し、人権保護に関する条約の批准の有無や国内法の整備状況など、確認すべき項目を例示し、「人権デュー・ディリジェンスの取り組みを持続可能なものとする重要な要素は、『労使の対話』。働く現場を熟知する労働組合の果たすべき役割は非常に大きい。まずは、各組織の労使協議において『人権』に関する事項を取り上げてほしい。ILO駐日事務所としても、労働組合の皆さんと共に活動を推進していきたい」と呼びかけました。
ILO駐日事務所による基調講演の後には、UAゼンセン政策政治局の秋山瞳部長がビジネスと人権の実践へ向けたUAゼンセンの取り組みを報告。具体的に、秋山部長は「人権デュー・ディリジェンスにおいて、労使は同じ方向性を持って取り組みを推進することができる」と強調。そのうえで、UAゼンセンとしての基本的な考え方を示した「サプライチェーン等における企業の人権尊重の推進へ向けたUAゼンセンの取り組み」(2022年12月策定)に加え、労働条件闘争や支援・情報発信、実態把握・情報収集、政策提言などの取り組みを報告しました。
イトーヨーカドー労使による取り組みから学ぶ「ビジネスと人権」
イトーヨーカドー労使による人権デュー・ディリジェンスの取り組みを学んだ
その後、UAゼンセン加盟組合労使による事例報告として、イトーヨーカドー労働組合の小鷲良平委員長、株式会社イトーヨーカ堂の強矢健太郎経営戦略室マネージャーから、「ビジネスと人権」に関する事例を紹介していただきました。
小鷲委員長は、「ビジネスと人権」を含む多岐にわたる項目について、労使で理解を深めるための「グループ労使研究会」を中心に報告を行いました。具体的に、小鷲委員長は、直近20年間にわたる事業の変遷を示すとともに、国内においてさまざまなステークホルダーとの「共感」を軸とする経営が広がっている状況に言及。「内部、外部ともに大きく環境が変化していくなかで、さまざまな形での『対話』の重要性が増していることを実感してきた。こういった流れのなかで、『グループ労使研究会』を設立し、取り上げるべき社会課題の一つとして『ビジネスと人権』について、事業グループの労使で理解を深めてきた」と報告しました。また、労使研究会の成果について、「『ビジネスと人権』をはじめ、今後も継続して事業を発展させていくために、理解しておくべき課題について労使で意識を高めることができた。人権リスクの大きさを正確に捉え、取り組みの優先順位を上げることができたことは大きな成果と捉えている」と強調。「引き続き、労働組合として組合活動のなかに『人権デュー・ディリジェンス』の取り組みを反映させていきたい」と決意を語りました。
一方、経営戦略室の強矢マネジャーは「人権は経営の根幹であり、健全な労使関係は人権課題への対応にとって非常に重要」と提起。グループ企業の人権に関する理念を取り上げたうえで、労使で取り組んでいる「CSR監査」について報告を行いました。具体的には、労使協議の前提として、労使で人権リスクを共有しており、海外工場への視察や第三者機関による現地従業員へのインタビューを実施していることを解説。強矢マネジャーは「CSR監査の実効性を高めるためには、ダイレクトコミュニケーションと信頼関係の構築が重要。引き続き、より良い社会の構築に貢献することを意識し、ステークホルダーと連携しながら、持続可能な取り組みを続けていきたい」と示しました。
最後に、UAゼンセン国際局の俣野勝敏局長は「人権デュー・ディリジェンスの分野は、『無関心ではいられても無関係ではいられない』ほどに広がっている。今一度、自組織のサプライチェーン全体を確認してほしい。そのうえで、人権デュー・ディリジェンスに関する労使協議の実施、グローバル枠組み協定の締結、現在進行形で人権課題が顕在化しているミャンマーからの撤退の3点を意識して、労使で取り組みを推進してほしい」と締めくくりました。